市内で活躍するロールモデルの紹介
「ロールモデル」とは、自分にとって、具体的な行動や考え方の模範となる人物のことです。
人は誰でも無意識のうちに「あの人のようになりたい」というロールモデルを選び、その影響を受けながら成長するといわれます。
今回は、うきは市内にある唯一の高校である浮羽究真館高校のPTA会長 角田典子さんを紹介します。
〇はじめに~うきは市が大好き!~

令和6年度 浮羽究真館高等学校のPTA会長を務めさせていただいています、角田典子と申します。子どもは女の子4人、4期生の長女を先頭に全員浮羽究真館高校にお世話になっております。 久留米市田主丸町在住で呉服店「丸正」を営んでいます。幼いころは母の実家がある、うきは市吉井町によく遊びに行っていました。というか家業である呉服屋が忙しかったので、 頻繁に祖母の家に預けられていたというのが正しいかもしれません。そういう意味で、私の中には吉井町の思い出が数えきれないほどあり、うきは市を第2のふる里だと思っています。平成の大合併で田主丸町は久留米市となりましたが、浮羽という響きは今でも懐かしく、うきは市は生まれ育った田主丸町と同じくらい大好きな街です。
〇福岡県立浮羽究真館高校、初の女性PTA会長!
4人の子どもが浮羽究真館にお世話になり、上の子達の時からPTA活動をさせていただく機会をいただき、今回会長に推薦いただきました。浮羽究真館高校のPTAは、初代から19代まで男性会長だったこともあり、20周年を向えるこの年に私が会長で良いのだろうかと正直、不安はありましたが「男性会長を意識しすぎても仕方ない、私は私なので、私に出来る事を精一杯頑張ってみよう」との思いでお引き受けさせていただきました。
現在、PTA活動を廃止する学校もあると耳にしますが、やはり、学校と保護者を繋ぐPTA活動を続けていくことは子ども達や、その保護者のためにも大切なことではないかと思っています。全部(全て)を学校にお任せではなく、保護者も子ども達のために活動する(動く)ことは大事だと思います。そのためには、PTA活動に興味を持っていただくことが大切です。また、PTAはボランティアなので全員が助け合い、出来る時に出来る人が動けば良い、一人に負担をかけないという気持ちで行えば良いのではないかと思います。会長である私も、全部に参加は不可能です。そんな時は、副会長をはじめ、理事の方々が協力していただくので安心して活動させていただいています。PTA活動は外部から見ると大変そうに見えるかもしれません。また、各家庭の事情でできることに限りがあるかもしれません。しかし、全員が協調性を大切にして行っていたら、人とのつながりの中で学ぶことも多く思った以上に楽しいですよ。
浮羽究真館高校は、2年生からそれぞれの進路実現のため自ら選んだコースでしっかり学習しています。そして先生方が進学はもちろんですが就職も、子どもたちの進路が決定するまで、全力でサポートしてくださいます。生徒たちの頑張りがこの先の究真館高校を盛り上げていってくれると思います。この先も、私は究真館高校を応援し続けたいと思います。
〇自分を好きになりましょう
小さな事で良いので、自分の良いところをさがしてみてください。そして、この世でたった1人の自分自身の事を好きになって前に進んでください。もし、失敗したり自分がいやになっても、それは、次から改めれば良いことに気が付くチャンス!です。 これをくり返していると、あなたしかできないこと、あなただからできることが絶対に見つかると思います。
かくいう私も落ち込むこともいっぱいあります。しかしそのたびに私は私、と自分を好きになることを忘れないでおこう…と思い続けています。
〇伝えたいこと
私はうきは市が、浮羽究真館高校が大好きです。うきは市のためにお役に立つならと、今回の取材をお受けしました。この気持ちをたくさんの人にもってもらいたいと願っています。浮羽究真館高校の生徒さんたちは日々いろいろなことに一生懸命に取り組んでいます。その様子をインスタグラムで配信しています。ぜひフォローしていただき、まずは、究真館高校の取りくみや学校の様子を知ってください。(昨年11月に行われた学校の課題研究発表会において、2年生がうきは市についてのものやコトを課題研究した発表内容もインスタグラムにあります。)
そしてもう一つ伝えたいことは「起立性調節障害」という病気のことです。4人の子育てをする中でこの病気を知りました。この病気は自律神経の不調によるもので、不登校で悩んでいる子の中には、低血圧で、午前中体調がすぐれず登校できない子もいるということも知りました。実はわが子もその一人です。もし今、悩んでいる保護者や当事者がおられたら、お店に座っていますのでお話に来ませんか。
〇いくつになっても挑戦!
究真館高校のPTA会長を悩みながらも引き受けていることも、今回うきは市男女共同参画センターの取材を受けたことも、人との縁があったからだと感じています。その縁がまた新しい出会いへとつながります。もちろん、出会いを挑戦につなげる勇気は必要だと思います。私達は自分で気がつかないだけで1人1人が良いところを多く持っていると思います。その中で個人差はあると思いますが、それぞれの考え方や、今までの経験で得たことで、自分を見い出せる時が必ず来ると思います。性別、年齢を問わず、その時、その時、自分に出来る事をやってみるのが良いと思います。今からでもやりたい事、やってみたい事に向かって進んでいけば良いのではないでしょうか。
人生は長い。人生の中で、遅すぎたとか早すぎる…とか言うことは絶対にないと思います。私も今何が出来るのだろうと常に自問自答し挑戦を続けています。いくつからでも、挑戦する気持ちを忘れなければ勝利の女神はいつか必ずほほえんでくれると思います。私は私にいつもこう言い続けています。
角田さんに話を聞いているとうきは市の役に立ちたい…浮羽究真館高校に生徒さんが集まるようにしたい…と、うきは愛があふれていました。自分がうきはの人やもの・ことに支えられて困難を乗り越えてきたから、今度は私が支える番になりたい!まさに、ロールモデルとして憧れる人物だと思います。
(令和7年2月取材 男女共同参画センター)