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観光・体験

2011年2月17日(木)

大石堰 ■大石堰
 江戸時代初期(1674年)、栗林次兵衛、本松平右衛門、山下助左衛門、猪山作之丞、重富平左衛門の旧江南の5人の庄屋と農民の協力により作り上げられた灌漑事業。大石長野水道は今も下流域一帯、約30平方キロに及ぶ水田地帯を潤している。

あまりの大事業であり、水道の工事に際して5人の庄屋は、自分たちの計画を貫く為の決意表明として誓詞血判をおこなう。また、水路筋にあたる11カ村が「大石村から水路を開削して導水すれば、洪水時に導水路にあたる村は多大な被害を受ける」と郡奉行に事業反対の陳情をおこなう。庄屋たちは、「計画通り工事をしても損害はない。万一損害があれば、極刑に処されても異存無し」と主張、郡奉行もこれを認めた。

 

 

三堰の碑

三堰の碑

 「筑後川は諸志に著はれ実に天下の大水なり」と碑の冒頭にかかれてある。寛文4年(1664)五庄屋が中心になって筑後川に堰を作り大石、長野に水道を構築した。このことは小学校の教科書にも掲載されている。
 また、8年後、田代大庄屋は私費を投じて袋野の堰から匿溝を掘削して上流地帯に水を引き穀倉地帯に変えた。この大石、長野、袋野の三堰の偉業を称えて碑が文政10年(1827)11月大石水道のほとりに建立された。

最終更新日 [2015年8月5日]  
この情報に関するお問い合わせは
農林振興課
電話:0943-75-4975
ファックス:0943-75-3114


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